ロルフィング

小さな少年

What is Rolfing ? ロルフィング®とは?

 
ロルフィング®(正式名称はRolfing® Structural Integration)は、生化学者であるアイダ P. ロルフ博士(1896~1979)によって確立された身体を構造的に統合するためのホリスティックなシステムです。アイダは、50年間にわたって、人間がより効率的に機能するための,バランスのとれた身体を創りだす手法を研究し開発しました。彼女は、身体の筋膜組織(Fascia)に手技により働きかけることにより、各部分があるべき配置に調整されると、肉体的あるいは感情的な傷(トラウマ)から解放され、肉体が機能的になるだけでなく、感情的、心理的そして精神的にも調和への変化- 統合がおこることを見いだしたのです。他の技法と比べユニークな点は,機能的で有機的なまとまりのある身体へ再教育し,外部環境との関係性,とりわけ重力に着目する点です。受け手が身体をより満足のいく状態(Well-being)へと移行するためのプロセス ,それがRolfing®です。 Rolfing®と名付けられたStructural Integrationは,The Rolf Instituteによって認定されたロルファー™から提供されます。 
 

日本のロルフィング®の発展

Rolfing® in Japan

日本のロルフィングがどのように発展してきたのかをまとめた記事をRolf Instituteの機関誌Structural Integrationに寄稿しました。2010年までの歴史を田畑の視線を通して書いています。
 

Structural Integration The Journal of the Rolf Institute® / 2010年12月号

ロルファーとしての成長

日本におけるロルフィング®SI

教育を通して見た、ひとつの地域の発展

田畑浩良
認定アドバンスト・ロルファー™/ロルフムーブメント®インストラクター

編集部より:確立された地域で、母国語でトレーニングを受けたロルファー――たとえばコロラド州ボールダーのロルフ・インスティテュート・オブ・ストラクチュラル・インテグレーション(RISI)で学んだ人――には、多くの同僚がこの職業を学ぶために払ってきた余分な努力が、なかなか想像できないかもしれません。言葉の壁に直面したり、自分たちでトレーニングを組織しなければならなかったりしたのです。世界のあちこちで一人で開業しているロルファーは大勢いますが、ある地域を盛り上げ、この職業を根づかせて成長させるには、地元からの大変な努力と献身が必要です。日本でのこの職業の発展をたどる本稿は、そのことをよく物語っています。

黎明期

2000年代初めに日本でロルフィング・ストラクチュラル・インテグレーション(SI)のトレーニングが開かれる以前、日本で開業しているロルファーはわずか数人でした。日本人として初めてロルファーに認定されたのは幸田良隆氏で、1987年から開業しています。幸田氏と、1990年から開業しているニュージーランド出身のクリスティン・ファリスは、ロルフィングのトレーニングを目指す日本人の第一世代に刺激を与えた中心的なロルファーでした。幸田氏やファリスと同じく、この世代はトレーニングのために海外へ行かなければならず、ときには通訳の同行費用も自分で負担しました。こうした障壁のため、日本でのロルフィングという職業の成長はゆっくりとしたもので、日本人ロルファーは1996年に1人、1997年に1人、1998年に1人、2000年に2人と、少しずつ増えていきました。

最初の基礎トレーニング

1998年、ボールダーでのユニットIIIのクラスで、アシスタント講師のジョナサン・マーティンが、日本で――アジアで初めての――ロルフィング・トレーニングを開く可能性について話してくれました。私たちは、5年以内にユニットIを開くことを思い描きました。翌年、ロルフィングのセッションを受けた体験に心を動かされた安田登氏と中村直美氏が、東京でトレーニングをコーディネートしてほしいと私に頼んできました。ロルファーになりたいというお二人の情熱に励まされ、私たちは力を合わせてクラスを準備しました。私はクラス・コーディネーター兼アシスタント講師としてRISIとの連絡を担い、お二人は受講生への情報連絡と経理を担当しました。そしてついに2001年、強い意欲をもつ人々がユニットIに集まり、マーティンとジョン・シュウィーが喜んで東京に教えに来てくれました。最終的に、多くの人の協力がこの第一歩の達成につながりました。

次に、私のロルフムーブメントの講師の一人だったキャロル・アグネセンスが、ユニットIIを教えに来てくれました。このトレーニングに彼女がいたことが、2005年の日本初のロルフムーブメント・トレーニングの種をまいたのだと、私は個人的に思っています。ユニットIIとIIIを通して、受講生たち自身がコーディネートと会計という大変な仕事を担いました。

この最初のトレーニングは2002年に修了し、12人のロルファーが認定されました。何人かのロルファーの地道な開業活動による中心的な支えに加えて、日本で最初のロルフィング・トレーニングの土台づくりに役立った鍵となる要素が、いくつかあったと私は考えています。

・潜在的な受講生の蓄積――自分自身のロルフィング体験が、人生やキャリアを変えたいと思うほど意味のあるものだった人々。

・ロルファーのタッチを学び、体験する機会。それが、ロルファーを目指す動機になりました。こうした機会には、1990年代のジム・アッシャーによるクラニアル(頭蓋)のワークショップや、リズ・ガジーニのワークショップがありました。

・ソマティック・エクスペリエンス®(および後述するロルフムーブメントのセッション)の影響を受けた、穏やかな介入によるロルフィング・セッションを受ける機会が増えたこと。多くの日本人は、非侵襲的で繊細なアプローチを好むからです。

・ロルフムーブメントのセッションを受けられたこと。1999年から日本には2人のロルフムーブメント・プラクティショナーが常駐していました。クライアントの役に立っただけでなく、潜在的な受講生がロルフィング・トレーニングの受講要件を満たすことにもつながりました。

継続的なトレーニングのための基盤づくり

この最初の取り組みのあと、私たちの地域には、国内でのトレーニングによって成長していくための流れができました。ここでもまた、ロルファーになりたいと願うロルフィングのクライアントが名乗りを上げ、次の基礎トレーニングの原動力となりました。大貫毅郎氏です。大貫氏がトレーニングの基盤を整え、2004年には新たに承認された日本ロルフィング協会(JRA)¹がコーディネートの役割を引き継ぎました。2005年の次のユニットIの開催では、最初の国内トレーニングの修了生である扇谷孝太郎氏や溝辺英子氏らが、ボールダーのトレーニングを修了した廣瀬寬始氏と協力して、中心的な役割を果たしました。クラスの受講を待つクライアントを抱え、その人たちによい学びの体験をしてほしいという思いから動いた、これら新しいロルファーたちのエネルギーと献身に、私は深い敬意を抱いています。この2回目の基礎トレーニングが2006年に東京で修了すると、加藤秀典氏がJRAに3回目のトレーニングの開催を依頼し、今度は2008〜2009年に京都で開かれました。

こうして日本では、これまでに3回の基礎トレーニングが行われ、初期のものはいずれも、潜在的な受講生の求めに応じて開催されました。この土台の上に、現在4回目の基礎トレーニングが進行中です。日本でロルフィングSIが職業として発展し、安定した個人開業を営むプラクティショナーが増えるにつれて、受講者の募集も容易になってきているようです。安田登氏や斎藤瑞穂氏の著書でロルフィングSIが数多く紹介され、ロルファーによる雑誌記事もいくつか出たことで、近年は私たちの仕事がより知られるようになりました。ロルファーによる入門セミナーの貢献もありました。

2008年、京都でのユニットIのムーブメント部門で教える田畑浩良。

ムーブメントの認定

2010年6月現在、日本には82人のロルファーがいます! しかも、その55%がロルフムーブメント・トレーニングを修了しており、これは世界平均の25%の2倍以上です。ムーブメント認定の半数は、2005年と2007年に東京で行われたキャロル・アグネセンスによる2回のムーブメント・トレーニングによるもので、この2つのクラスから合わせて23人のロルフムーブメント・プラクティショナーが誕生しました。最初の基礎トレーニングの修了生のほとんども参加しています。アグネセンスのムーブメントのワークへの視点とその体現は、とくに一部の日本のロルファーの心に響き、アグネセンスのトレーニングを体験していなかったら、ロルファーとして仕事を続けていなかったかもしれないと私に語った人もいます。ムーブメントの認定後も、日本人のロルフムーブメント・プラクティショナーによる少人数のワークショップに参加し続けた人もいました。

ロルフィングの継続教育

JRAは協会として発展の途上にあり、これまでは基礎トレーニングとムーブメント・トレーニングの基盤づくりに重点が置かれてきました。現時点では、メンタリングやクリニックのような正式な継続教育プログラムはなく、アドバンスト・ロルフィング・トレーニングもまだ開かれていません。日本で開かれる継続教育のクラスは多くないため、日本のロルファーにとって、十分な継続教育の単位を取得し、基礎トレーニングから7年以内にアドバンスト・トレーニングに参加するのは容易ではありません。

技術を磨きたいと願うロルファーが増えている今、私たちの地域では、継続教育ワークショップやさらなるトレーニングを開く機が熟しています。JRAが活かした機会の一つは、各基礎トレーニングと各ムーブメント・トレーニングの講師が来日している間に、継続教育ワークショップを開くことでした。ワークショップのテーマは、講師が教えたい内容と受講生の要望とを調整して決められました。

その他のワークショップ

ほかの継続教育の機会は、ロルファーが個人でさまざまなワークショップや、いくつかの勉強会を企画することから生まれています。たとえば、日本人初のロルファーである幸田良隆氏は、ロルファーのアッシャーやゲール・オールグレン、オステオパスのトム・シェイバーなど、多くの講師を招いてワークショップを開き、日本のロルフィング・コミュニティに大きく貢献してきました。一方、日本人の心理療法家の企画により、日本で初めてのソマティック・エクスペリエンスのトレーニングも始まりました。

国内在住のロルファーによる、手づくりの継続教育の機会もあります。ロルフムーブメントやクラニオセイクラル・セラピーについての勉強会や、日本人のオステオパスによる関節の問題についての勉強会などです。

地元の講師を育てる

私は、ロルフムーブメントの講師になるためのトレーニングを受けてきました。その過程では、さまざまなトレーニングでアシスタントを務めるとともに、講師陣の監督のもとで単独のワークショップを教えました。日本でのアグネセンスによる2回のムーブメント認定トレーニングでアシスタントを務めたほか、ユニットIIの「ロルフィングの原則」の部では、2006年に東京でジェーン・ハリントンと、2008年にボールダーでレベッカ・カーリ=ミルズ、ケヴィン・マッコイ、アグネセンスと、2009年に京都でレイエル・キーンと、アシスタントを務めました。また、2008年に京都で行われたマリウス・ストライドムのユニットIでは、ムーブメントを教えました。

講師トレーニングの最終段階は、2009年に東京で行った私の単独ワークショップで、ロルファーと、ムーブメントのダブル認定を受けたロルファーを合わせて14人が参加しました。このワークショップはJRAの主催で、日本語で教えられた初めてのロルフィングのワークショップとなりました(京都でのユニットIIIの指導の合間に来てくれた監督講師ペドロ・プラドのために、通訳がつきました)。これをもって、私は2009年12月にロルフムーブメント講師として承認されました。

単独のムーブメント・ワークショップの参加者と田畑浩良(中央に座っている)。日本語で教えられた初めてのRISI承認クラス。

12年前にジョナサン・マーティンと話していたころには、こうした発展は想像もできませんでした。すべての講師の支え、とりわけメンターとしてのアグネセンスの絶え間ない尽力に感謝しています。さまざまなクラスに参加してくれたすべてのロルファーにも感謝します。これからは、ロルフムーブメントのワークショップを通して、一人ひとりのロルファーが技術を磨き、しっかりとした個人開業を築いていけるよう、地元のコミュニティを支えていきたいと思っています。地元に講師がいることが、私たちの地域のさらなる成長を後押しすることを願っています。ほかの日本人ロルファーが講師トレーニングに応募するのを見られたら、とても嬉しく思います。

より広いロルフィング・コミュニティと分かち合う機会があることも楽しみです。アグネセンスとカーリ=ミルズとのムーブメント・トレーニング以来、私は「イールディング」と呼ぶムーブメントの介入を発展させてきました。来年、アグネセンスと私は米国でこれをワークショップとして紹介し、本誌の今後の号でも紹介する予定です。

結びと謝辞

本稿は、日本での私自身の経験と、ロルフムーブメント講師になる過程というレンズを通して書いたものです。舞台裏でJRAを支える設計者であり、本稿のために情報を提供してくれた扇谷孝太郎氏に、特に感謝します。本稿からも伝わるとおり、日本におけるロルフィングSIの発展には本当に多くのロルファーが貢献してきました。ここで一人ひとりの努力を挙げられなかった方々には、お詫び申し上げます。

初出:Structural Integration: The Journal of the Rolf Institute®, December 2010(日本語訳)。人数・年などは掲載当時(2010年)のものです。

上記のちょうど10年後の2020年のRolfジャーナルにロルファーの串崎昌彦氏が、Rolfingコミュニティへの日本からの貢献について寄稿しています。

Structure, Function, Integration Journal of the Dr. Ida Rolf Institute® / 日本語版

日本からの貢献と
東西の相互作用

串崎昌彦串崎昌彦
認定ロルファー™/ロルフ・ムーブメント®プラクティショナー

要旨

筆者は日本ロルフィング協会®(JRA)の歴史を振り返るとともに、アジア地域の発展に向けたビジョンと、東西交流の拡大に向けたビジョンを論じる。その交流を通じて、アジアで生まれた独自の展開が西洋のロルフィングの手法と相互に影響し合い始めることが期待される。

JRAの組織としての歩み

本稿では、日本ロルフィング協会(JRA)とアジア地域が、ロルファーの国際的なコミュニティと私たちの職業にどのように貢献できるかについて、私の見解と提案を述べたい。これは長年にわたり、私たち会員にとって重要な問いの一つであり続けてきた。東洋と西洋の文化的な相互作用をめぐる近年の経験は、私たちがロルフィング®・ストラクチュラル・インテグレーション(SI)をめぐる議論に独自の視点をもたらしうること、そしてそれが世界のロルフィング・コミュニティにおける交流を促すであろうことを示唆している。本稿が、日本だけでなく、西洋とは大きく異なる民族的背景、生活環境、習慣、文化を包含するアジア全体を代表する声を届けるものとなれば幸いである。

JRAは2004年12月、ロルフ・インスティテュート®[現ドクター・アイダ・ロルフ・インスティテュート®(DIRI)]の商標のもとで地域国際組織(RIO)としてライセンスを受け、DIRIのカリキュラムや手法などを用いて会員組織および教育組織を運営する権限を与えられた。ロルフィングの組織は非営利団体として設立されるべきだというアイダ・ロルフの願いに沿ってJRAはその実現に取り組み、2006年に日本政府からNPO法人として認証された。とはいえ、JRAの前史はさらに約20年さかのぼり、JRA発足の時点で、ロルフ・インスティテュートでトレーニングを受けた日本人ロルファーはおよそ20名いた。JRAがRIOの一つとして設立されるにあたっては、とりわけジム・アッシャー(Jim Asher)とコーネリア・ロッシ(Cornelia Rossi)の後押しが大きな支えとなった。二人は、日本に強固なロルフィング・コミュニティを築き、日本のロルファーにより多くの機会をもたらすことを願っていた。

アジアという地域へのビジョン

JRAの会員は、組織の発展と維持に力を注いできた。私たちは教育部門を設け、組織構造も十分に機能するよう整えてきた。ワークショップやイベント、その他のトレーニングや継続教育(CE)の機会を提供してきたが、これらはいずれも財政的な安定を確保するうえで欠かせないものである。組織としてこうした機能的な枠組みが整った今、アジアのより多くの地域へとロルフィング・コミュニティを広げる方法、そしてアジアの国々と私たちの視点が世界のロルフィング・コミュニティに何を貢献できるかを考え始めることが、私たちの責務であると私は考えている。

ロルフィングSIは日本でもまだ広く知られておらず、アジア全体ではほとんど知られていない。したがって、明確なビジョンから始める必要がある。まずはこの地域全体で、私たちの仕事に対する認知と信頼を得なければならない。手始めとして、JRAが近隣諸国のロルファーとの関係を強め、知識や情報を共有できるようにするのがよいだろう。私の考えでは、そのためには、日本のような単一文化的な傾向の強い国で盲点となりやすい文化的な制約や、ある種の固定的な考え方から抜け出す必要がある。

JRAを日本独自の団体として捉えるのではなく、アジア全域へのロルフィングSIの普及を支えるために、組織とトレーニング・プログラムをより地域的な視点に立って再構築することが理にかなっていると私は考える。アジアのロルフィング・コミュニティをより広く育て、そのうえで世界の他の地域のRIOやロルフィング・コミュニティと交流していくことは、いずれもアジア独自の視点や貢献を私たちのロルフィングの実践に統合していくための一歩となるだろう。

経験からの橋渡し

JRAの初期の取り組みの多くは、日本におけるロルフィングSIとロルファーの育成・支援に向けられていたが、私たちはアジアで最初のロルフィング組織であり、私たちの仕事がアジアでのさらなる発展のひな型になりうるという自覚もあった。この点を念頭に置き、これまでに築き、成し遂げてきたことを振り返っておくのは有益だろう。

どの組織にも財政的な安定が必要であり、JRAはこれまでに4回のベーシック・トレーニングと数多くの継続教育(CE)クラスを開催することで自らを支えてきた。これらのコースは当初、日本人の受講生を対象に企画されたもので、参加者の大半は日本人であった。それ以前は、ロルフィングSIを学びたい日本人は米国やヨーロッパに渡らなければならず、通訳を同行させるために追加の費用がかかることも多かった。さらに、ロルファーとして認定された後も、CEのために海外へ出向かなければならないのは負担であった。日本国内でトレーニングやCEクラスを提供することには利点があるものの、国内の講師の不足、生活費の高さ、海外から講師を招く費用のために、受講料は一般に米国やヨーロッパよりも高くなる。

私たちの教育体制を、より地域的な視点に立ったものへと改めていくことは間違いなく望ましい。日本人以外の参加者、とりわけ他のアジア諸国の受講生をより多く迎えることで、より多様な視点がもたらされ、コースに深みが増すだろう。これは、私が認定課程の一環としてヨーロッパのトレーニングに参加した際の経験でもある。私は多様な受講生のグループとともに学び、さまざまな国籍の講師から学ぶ機会を得た。講師たちはそれぞれ独自の個性と視点によって、真に創造的な学びの場を提供していた。とはいえ、慣れるまでには時間がかかった。日本の外で学ぶのは初めての経験だったため、新しい文化に慣れ、グループの一員だと感じられるようになるまでには、かなりの時間を要した。

私が見たところ、西洋のクラスでは授業中のディスカッションがはるかに重視されており、講師と受講生が一緒に学びのプロセスを作り上げていく。一方、日本の教育は伝統的に、受講生が講師の話を聞いて知識を吸収することに重きを置いている。私たちの文化と教育制度に根ざしたこの条件づけは、受講生の英語力の制約と相まって、西洋の講師が日本人受講生をどう受け止めるかに影響を及ぼしうる。西洋人の目には、私たちは受け身に見えるかもしれない。何が受け入れられるかについての私たちの文化の見方は、調和と協調に高い価値を置くことにつながっている。そこには美しい面もあるが、同時に、人が自分を抑えて他者に合わせるよう圧力を受けることもあり、それが極端な利他主義や習慣的な思考につながりうる。

私たちのコミュニティを、アジアのロルファーによるより大きなコミュニティへと広げていくことは、多様な視点と、互いを補強し合う視点の両方をもたらすだろう。日本と他のアジア諸国には多くの共通点がある。教育スタイルには類似点があり、また大半のアジア人にとって英語は第二言語である。こうした側面は、世界のロルフィング・コミュニティの中でアジアとしての地域的な一体感を育み、地域内の発展とコミュニケーションを支えるかもしれない。

しかし、アジアという地域の中でも、文化的背景、歴史的背景、経済状況はさまざまである。そのため、私が思い描くような汎アジア的なロルフィング・コミュニティを妨げる文化的な制約も、十分にありうるだろう。そうした問題を防ぐためには、互いの文化とスタイルを尊重することが望ましいと私は考える。JRAが専門知識を共有することは、アジア地域のための多国籍組織の中で新たな構想を生み出していくための、一つのステップにすぎないかもしれない。たとえば、地域内の他の場所でトレーニングを開催することが重要になるかもしれない。かつてインドネシアでベーシック・トレーニングを企画した人がいたが、豊かな文化と自然環境を備え、現地の費用も抑えられるそうした場所の魅力は、アジア以外(例:ヨーロッパ、北米)からの受講生もきっと惹きつけるだろう。

全体として、JRAが組織として活動を広げていくことは、より多様なアジアの受講生にロルフィングのトレーニングを届け、文化交流と友情を育む機会を生み出すだろう。マリウス・ストライダム(Marius Strydom)によれば、南アフリカのロルフィング・トレーニングには、近年アジアからの受講生が増えているという。ロルファーになるために学びたい人や、CEを受けたい人のために、アジアの身近な場所でより多くの機会をつくることは、地域コミュニティとしての意識と信頼関係を育むすばらしい方法となるだろう。

図1
図1:JRAワークショップの参加者。前列左端が筆者で、ひょっとこ(日本の伝統的な滑稽な面の人物。 https://en.wikipedia.org/wiki/Hyottoko 参照)の面をつけている。前列左から2人目と3人目が講師の田畑浩良とニコラ・カロフィーリオで、伝統的な着物姿である。

指導者の育成

アジアにおける地域的なトレーニング機会の、より長期的な目標は、将来の指導者の育成である。現在、日本人のファカルティはロルフ・ムーブメント・インストラクターの田畑浩良ただ一人である。田畑はロルフ・ムーブメントのCEクラスを定期的に開いているが、その他のCEワークショップについては、これまで日本で開催された4回のベーシック・トレーニングと同様に、JRAが海外から講師を招かなければならない。(アジア出身のファカルティは他に、オーストラリア在住のアシュアン・シオウ〈Ashuan Seow〉がいるのみである。)

この地域の今後の成長は、経験を積んだ現地のプラクティショナーをファカルティとして育成できるかどうかに、ある程度かかっているかもしれない。地域内に頼れる指導者層があれば、トレーニング費用の削減にもつながるからである。

独自の展開と視点

米国、ブラジル、ヨーロッパのロルファーたちが私たちの仕事に独自のアプローチと重要な発展をもたらしてきたように、アジアにおける地域的な発展にも同じことが期待できる。その表れは、本誌でもたびたび紹介されてきた田畑の仕事にすでに見ることができる。田畑は、アート・オブ・イールド(Agneesens & Tahata 2012、Tahata 2012)、あるいはイールディングと呼ばれる独自の手法を考案した。これは従来のロルフィングの手法とは異なりつつも、介入の原則(Principles of Intervention)の範囲内で機能し、ロルフィングの標準的な目標を達成するものである。この手法は、細胞研究者としての彼の知識と経験に基づき、包括的な研究と臨床経験を通じて発展してきた。またアジアの文化や伝統にも根ざしており、とりわけイールディングの取り組みを日本の「間(ま)」の概念にまで広げている(Tahata 2018)。日本の多くのロルファーが自らの実践に取り入れている彼の手法は、とりわけ日本的なロルフ・ムーブメントへのアプローチだと言えるだろう。

独自の文化的影響をもたらしているもう一人の日本人ロルファーが、平田継夫である。彼をはじめとする日本人ロルファーたちは、伝統的な忍術の武術家のもとで学び、その考え方を私たちの仕事にどう取り入れられるかを検討している(Hirata 2019)。彼はまた、日本文化に関わるその他のテーマや自身の独自の視点についても本誌に寄稿している(Hoff & Hirata 2017、および73ページの最新記事)。

特筆すべきは、田畑と平田がともに、自らの仕事を英語の記事で伝えられることである。翻訳費用をまかなう資金があれば、現在も、そして地域コミュニティが成長していく今後も、共有すべき独自のアイデアや視点をもつ日本や他のアジアのプラクティショナーが、もっと多く現れるに違いない。

図2
図2:デモンストレーションを行うロルフ・ムーブメント・インストラクターの田畑浩良。

東西のユニークな交流

田畑がイールディングと間によって導入したような型破りで独自の手法は、他の文化に受け入れられたり、ロルフィングの標準的な規範に取り込まれたりするまでに、時間がかかるかもしれない。アジアの概念と貢献を生み出し育てていくことは、ブラジルやヨーロッパからの貢献に見られたように、分野全体に新たな視点とさらなる創造性をもたらし、私たちの国際的なコミュニティの成長を助けるだろう。

異文化間で可能な相互作用の興味深い一例として、JRAが昨年開催した教育企画の話を紹介したい。それは、一度も会ったことのない二人の講師が、あるテーマとキーワードをもとに即興的な東西のコラボレーションを提供したワークショップである。イタリアのロルフ・ムーブメント・インストラクターであるニコラ・カロフィーリオ(Nicola Carofiglio)は、以前からアジアの文化と伝統的な考え方に強い関心を抱いていた。私たちは、田畑のアート・オブ・イールドのアプローチに触発されていたカロフィーリオを招き、田畑とともに二つのワークショップを指導してもらった。一つ目は「Em-body Orient/Occident(東洋/西洋を体現する)」、二つ目はアイダ・ロルフの言葉に基づく「Ultimately Rolfing Is for the Rolfer(結局のところ、ロルフィングはロルファーのためのもの)」と題されたものである。どちらのクラスにも、日本人とヨーロッパ人の受講生が混在していた。ワークショップの写真を図1、2、3に示す。

図3
図3:デモンストレーションを行うロルフ・ムーブメント・インストラクターのニコラ・カロフィーリオ。

カロフィーリオは、日本の学習者が講師に「教えてもらう」ことを期待していると承知していたようで、すぐにこう語った。「私は教えるためにここにいるのではありません。私の知っていることを皆さんと分かち合うためにここにいるのです」。さらに彼は、考えや提案は大歓迎であり、それらは講師にとって非常に有益な気づきやインスピレーションとなり、またコラボレーションに向けた異なる貴重な視点をもたらしてくれると、念を押すように付け加えた。彼の言葉は、間違いなくすべての受講生に安心感とくつろぎをもたらした。他のコースでも講師から同様の心遣いを受けた経験はあるが、今回はとりわけ意味深く感じられた。カロフィーリオの明確な意図は、ワークショップのテーマに沿った安全な場をつくり、初めて教える文化への敬意と感謝のしるしを示すことにあったからである。受講生たちは、考えや知識を分かち合い、グループとしてともに探求することに焦点を当てた場を提供するこの教え方を、ありがたく受け止めているようだった。

二人の講師が顔を合わせるのも、ましてや一緒に仕事をするのも初めてだったにもかかわらず、その成果は驚くべきものだった。「Em-Body Orient/Occident」というテーマを与えられた二人は、まるで即興劇のように、それぞれの研究と経験の成果を惜しみなく、自然発生的に分かち合った。それは、台本なしにすべてが有機的にまとまっていく、生命そのものを目の当たりにしているかのようだった。あの特別な時間と空間に居合わせた他の人々の身体と心には、どのような印象が残っているのだろうか。私にとっては、共有したすべての瞬間が今も鮮やかに息づいている。それは、二人の講師が自らの内に抱いていた畏敬の念と根源的な一体感によるものだと思う。田畑のアプローチが空間に焦点を当てていたのに対し、カロフィーリオが重視したのは身体感覚と、媒体としての身体がいかに一体性を経験するかであった。二つの教えが絶えず見事に響き合う、注目すべきワークショップであった。

感銘を受けたのは私だけではない。オランダから来た別の参加者のロルファーは、二人の講師がデモンストレーションの中で互いに触発し合う様子を称賛し、彼らのやりとりには古代ギリシャ人が最も価値あるものと考えた種類の友愛が見出せると語った。彼が引いたのは、アリストテレスの「完全な友愛とは、善き人々、すなわち徳において似た人々のあいだの友愛である」(『ニコマコス倫理学』第8巻)という言葉である。

今後に向けて

カロフィーリオと田畑によるこれらのワークショップは、東洋と西洋という異なる視点から、知識を共有するだけでなく、真に自分自身としてその場に在るために身体を通して感覚を知覚することの大切さを示す、新しくユニークな試みとなった。私たちは、東洋と西洋、オリエントとオクシデントの統合に向けて大きな一歩を踏み出したと感じた。そしてこのことは、これまで主に西洋で発展してきた世界のロルフィングSIに対し、アジア地域が何を貢献できるかを考えるうえで、私を勇気づけてくれる。

カロフィーリオは長年にわたり、アジアの伝統と文化の視点を自らの実践に統合することで、すべての人間に通じる普遍的な鍵を見出そうとしてきた。新たな洞察をもたらした今回の来日以降も、彼は探求と思索を続けている。私たちは皆、彼の次の来日と新たな発見を楽しみにしている。伝統的な要素であれ、ロルフィング・コミュニティにおける新たな発展であれ、東洋の独自の視点や概念を統合することが、他の西洋の人々にとっても自らの実践をさらに発展させる助けとなることを願っている。

ヨーロッパから他にも数名の参加者があったことは、日本ですでに人気を集めている田畑の手法に対する、西洋のロルファーの関心の高まりを示している。田畑をヨーロッパに招いて教えてもらいたいという声もあり、実現すればまた一つのすばらしい異文化交流となるだろう。このJRAワークショップのコーディネーターとして、私はこの芽生えつつある流れを育むためのあらゆる取り組みを全面的に支持する。日本で生まれた手法の一つに関心が寄せられていること自体が、本稿で私が提案するアジアの発展にとって、すでに前向きな兆しである。

JRAは二人の講師へのインタビューを収録し、その感想やコメントを『日本ロルフィング協会会報』に掲載した。記事は日本語のため本誌の読者の多くには読めないかもしれないが、英語字幕付きの動画の一部をYouTubeで見ることができる(http://www.nicolacarofiglio.it/mediateca)。

結論

人類の歴史と文化を通じて、人々は自らの伝統を大切にしながらも、異なる文化の新しい視点や独自の見方に触れることで豊かになってきた。創造性は、人類の進化と同様に、現代社会の発展の原動力である。私が述べたような異文化交流には、ロルフィングの仕事に創造的な進化を促す可能性がある。それらのアイデアを協力して現実のものにしていく中で、私たちはコミュニティの意識を育み、より多くの可能性が開かれていくだろう。JRAは、ロルフィング・コミュニティにおいても社会全体においても、誰もが自分と他者のアイデンティティに誇りと敬意を抱き、調和と信頼が大切にされる成熟した社会づくりに参加したいと願っている。

グローバルな視点を持ち、変化する状況に常に対応していくことは、私たちの職業にとって不可欠である。JRAが他のアジア諸国のロルファーやロルフィングを志す人々とより緊密に協力することで、文化の多様性を称え、経験を共有し、アジアにより強固なロルフィング・コミュニティを築ける可能性がある。そうした発展によって、世界のロルフィング・コミュニティに地域として貢献するための、より広い基盤が得られる。私たちが国際的なコミュニティの一員として学び、成長し続けること、そしていつの日か、ロルフィングSIというこのすばらしいメソッド/文化が、この惑星の重力場の隅々にまで届くことを願っている。

筆者付記:本稿の執筆を勧めてくださったロルフ・ムーブメント・インストラクターの田畑浩良氏に感謝したい。また、英文原稿を最終稿に仕上げるにあたり編集面でご協力いただいたアン・ホフ(Anne Hoff)氏にも感謝したい。

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